2013/3/11 55歳シニア起業 信用の秘訣は事業計画書

グランフロント大阪に事務所をもつには、審査がありました。

私の場合は即「OK」でした。

その理由は「事業計画書」を直に提出できたからです。

今から作ります。ではなく、「事業計画書あります」が決め手です。

私自身が企業のコンサルをしていますので、これは十八番でした。

ですから、これから起業をサれる方には最終的に「事業計画書」を作成していただきます。

ご期待下さい!

さて、事業計画書は良かったのですが今振り返って考え方が甘かった。と反省することがあります。

コンサルの方がいたので、助かっていますが自分なりに考え方が不十分でこの5年間活用できていない。と反省することがあります。

それは、次回お話します。

グランフロント大阪。お世話になりました。

 

補足です。

株式会社設立となると、社会保険労務士など専門の方にお願いできることも多いのですが、自分でやらないといけないこともあります。

法人の銀行口座。

これも時間がかかりました。勿論登記後でないとつくれません。

銀行の窓口の方に言われました。

「金融庁の指導もあり、法人口座開設はきびしくなっています。ところで、奥野さんはコンサルといわれていますが、コンサルができるということを証明してもらえますか」

「ちょっと、びっくりの質問でした。コンサル出来ることを証明する。私の場合は中小企業診断士の証明書(カード)をもっていましたので、それを見せました」

「はい、結構です。コピーをとらせていただきます」

一見落着。

でも、時間がかかりました。

2013/3/11 55歳シニア起業 会社設立 事務所はグランフロント大阪

退職から起業(会社登記)まで、約2ヶ月かかりました。

私自身、起業に関してコンサルがいました。

起業に関わる、事務処理はコンサルのアドバイスもありすべてお願いしました。

私は、起業とビジネスを軌道にのせることに全力をかけました。

事務所は持ったほうが良い。

これは、早くに決めました。その理由が重要なのですが、それはネクストステージ起業塾でお話します。

では、どこに事務所をいくらでかりるのか。

コンサルの方のすすめもあり、グランフロント大阪にオープンと同時にはいりました。と言いますか、入れました。

勿論少し高い費用がかかります。その費用を上回る「信用」が得られたのです。

グランフロント大阪に入るのに審査がありました。それをパスできたのです。

その時のお話は次回に。

起業、登記から事務所オープンまでまた2ヶ月かかりました。

事務所はゴールデンウィーク開け、5月6日になりました。

 

退職の翌日、2013年2月1日。

前職でお世話になった、お客様に今度はウイル株式会社の代表として仕事をさせていただきました。前職のパートナーだった方も昨日までと同様に同席して仕事をさせていただきました。

昨日と今日では違う。

でも、お客様も前職のパートナーも私にこれまでと何ら変わらず暖かく接してくれました。

嬉しかったです。今もよく覚えています。

ありがとうございました。

 

SE、中小企業診断士55歳シニアの起業直後


退職から株式会社を設立するまで、二ヶ月もかかることになるのですが、それは

会社設立です。

皆さんも起業のことを考えられたことがあることでしょう。

でも、具体的にいかがですか?

社名

事務所は持つのか、持つとしたらどこに、費用は

持たないとして、それでやっていけるのか

登記は?

名刺は

ホームページは

電話は

メールできるのか、

コピーできるのか

・・・・

つまり、ごく普通にビジネスとしてやっているすべての事=どうする。

になるのです。

私の場合に時間がかかったのは、社名と事務所でした。

退職が、2013年1月31日

会社登記は同年3月11日で、約二ヶ月かかりました。

それでも、余計な事務処理一切を社会保険労務士にお願いしたので助かりました。

実は、社印とその登記。

法人用の銀行口座。という考えてもいなかった事務処理があったのです。

でも、を社会保険労務士さんに頼んで結構スムーズでした。

しかし、事務所はちょっと違いました。

なんといっても費用が違います。

会社登記から遅れること約二ヶ月5月6日、ゴールデンウィーク開けに事務所をもちました。

その時のお話は次回に。

SE、中小企業診断士55歳シニアの起業直前

2013年1月31日

24歳で入社して31年お世話になった、大塚商会を退職しました。

所属する皆様に祝福されてとても嬉しかったです。今でも感謝しています。

その時記念にいただいた、時計とペンは今も私のオフィスにあります。

 

幸運の女神は前髪しか無い

その前髪をつかもうと、考えていました。

いつ

どうなったら

何をする

 

これまでに2度、起業を決心しようとしましたが、叶わず。

それは、そうですよ。

だって起業したい。だけで

誰に、何を、どうやってという事業計画が無いわけですから。

 

で、今回は最初の「いつ」が決定打となりました。

言い換えると、「どうなったら」「何をする」は、まだまだ甘かった。

 

この時、55歳。早期退職の優遇制度があり。

娘が20歳、成人式をすませたばかり。でももう大人。

私が入社した当時の定年は55歳でした。

 

そんな、理由より

いつか自分でマネジメントしてみたい。

それが原動力でした。

平成2年に中小企業診断士を取ってから、(これも大塚商会が取らせてくれました。感謝しています)

ITコーディネーター

日本経営品質セルフアセッサー

関西学院大学 IBA

とマネジメントの道を歩んできました。

そして、多くの経営者の皆様と仕事ができたことに感謝しています。

 

「あなたの会社が目指す理想的な姿は」

「それを、顧客の視点、従業員の視点、独自姓の視点、社会的貢献の視点でいえばどうでしょう」

そんな支援を何年もさせて頂きました。

そして、その何年も考えていました。

「この問を自分にするとどんな答えをしたいのだろう」

自分の目指す理想的な姿はなにか。

自分でマネジメントをしたい。それが、素直な気持ちでした。

やっぱり、誰に、何を、どうやって。は甘いですね。

あなたの会社をつくりなさい

こんな本も読んでいました。

頭のここそこに「起業」の言葉があったのでしょう。

 

退職の日、私は終電まで残務整理をしていました。

フロアーで最後に退出し、ドアロックをしたのを覚えています。

ドラマでよく見る、定時に周りから見送られる。とは違っていました。

入社からの思い出が走馬灯のように・・・。でもなく。

 

明日から自分で稼がないともう給料はもらえない。

 

退職から株式会社を設立するまで、二ヶ月もかかることになるのです。

次回は会社設立です。